日本語をあきらめると
by ますお
時々思う事.
コンピュータ上で日本語を使うのをあきらめると,物凄くたくさんの事がシンプルで楽になる,という事実.
「日本語をあきらめると」っていうのは正確な表現ではありませんが,要はアルファベット26文字+いくつかの記号で表現できる範囲に限定すると,という意味です.
例えば検索,例えばソート,例えば単語区切り,例えば正規表現.
そして何よりも文字入力で変換が必要無い事.マウスでポイントしてキーボードに書かれた文字を押せば,それがそのまま画面に書かれて文章になります.
こういう基礎的なシンプルさは使う人の裾野を広げますし,操作ミスも減りますから慣れない人でも使えるようになるでしょう.文書の作成にタイプライターを使っていた文化圏では尚更ですね.
先に挙げたような文字に関係する操作の恩恵も大きいですから,コンピュータを使う事による利便性の向上もより顕著になるはずです.
コンピュータはつくづく1byte圏の物だと思います.
激しく同意です。
ただ、そこにはコンピュータがアメリカで発明されたものであるということ以上に、言語自体の「複雑さ」の度合いが影響しているように思います。つまり、1から日本語を扱うように設計したとして(それがどんなものになるのか、想像もつきませんが)、その苦労に見合うだけの成果が得られるだろうか、というと、そうはいかないのではないか、と思います。
まぁ、俺個人の感想としては、それでも先人たちはよくやったというか、現状に対してはそこそこ満足してます。特に文字入力・変換は、かなり優秀だと思います。単語区切りなんかも、ちょっと前にSPAMフィルターがらみで少し知識を得たのですが、結構優秀なシステムが存在します。
一番良くないのは、文字コード。
みんないろんな意見とか制限とかあるだろうけど、ここらで一気に革命起こして、Unicodeで統一できたらなぁ、と思います。マジで。
自分が言いたかったのはまさにそういう事で,タイプライターの例を挙げた理由でもあります.
コンピュータは1byte圏で生まれるべくして生まれたと思いますし,日本語やその他より複雑な言語を使う地域からは出てこなかったんじゃないでしょうか.
自分も現状に不満がある訳ではありません.単に英語圏で生活をしていると,公共施設その他色んな所でコンピュータがシンプルに使われているのを見るので,人に対する浸透の仕方が違うんだなあと思う事が多いです.
文字コードは確かにどうにかして欲しいですねー.unicodeもどうかと思うけど,現状これしかないからなあ.